黄金色の祈り

西澤 保彦

「きんいろのいのり」と読むこの本はれっきとした推理小説である。作者の西澤保彦は多くの奇想天外な推理小説を世に送り出してるが、これもその一つ。

黄金色の祈り 文春文庫

黄金色の祈り 文春文庫

主人公の「僕」は中学に入学した当初、吹奏楽部でテューバを担当していた。それが2年生になったとき、部内の編成上の理由で顧問の先生からトランペットへの移籍を命じられたところから物語は始まる。

いきなり書き出しから非常にリアルで、中学校の吹奏楽を実際にしかもかなり入れ込んで活動していなければ分からないデリケートな部分まで余すことなく表現しているのに驚く。リップスラー、リップコントロールロングトーン、ピュヒナー社製のオーボエなど「業界用語」がポンポン飛び出し、吹奏楽コンクールの当時(作者は私と同じ年令)の事情を詳細に記していたりして、少なくとも小説のスタートから中盤までは、「吹奏楽我が青春期」といった趣なので推理小説であることを忘れてしまう。

作者の綿密な取材の結果なのかあるいは実体験なのかはわからないが、いずれにしても何らかの楽器に覚えのある人なら「ウーン!」とうなってしまう、また経験のない人でも「バーチャル吹奏楽部員」を体験のできる奇妙な推理小説である。